日本国内で二棟目となる「いばらきパッシブハウス」の島田夫妻にお話を聞いてきました。島田材木店を営み、パッシブハウスを自社で建てるほどの勉強家の島田恵一さん、何も知らずに「快適な家だな」と思って住み始めた奥様の裕恵さん。その2人のやりとりのギャップにパッシブハウスの誤解と疑問が凝縮されています。ぜひご一読ください。
夏は鍾乳洞のような涼しさ、冬は窓を開けたくなるあたたかさ
――パッシブハウスに住んで、生活パターンが変わったことってありますか?
裕恵さん:この家に引っ越すまでは夏場はクーラーの効いている職場のほうが快適で、家に帰ってくるのがちょっと嫌だったんです。帰ってきたらとにかく服を脱いでエアコンのスイッチをつけていました(笑)でも、今は全く逆ですね。6畳用のエアコンが1台活躍し、涼しくなったら勝手に冷房は切れていて、そのまま涼しさが持続しています。
――え、どうしてそんなことに?
恵一さん:まずは、断熱と気密をしっかりした家づくり。窓の外には、夏用に遮熱スクリーンを設置しています。外からの暑い温度が伝わってこないように、日射が家の中に入ってくる前に遮るための設備です。なんと日射熱の90%をカットしてくれるんです。なので、夏は熱を家のなかに入れず、冷気も逃さない。冬は日射を取り入れて、暖気をのがさない工夫をしています。
裕恵さん:帰ってくるとほっとするんですよ。まるで鍾乳洞に入ったかのような涼しさです。
――ちなみに冬は?
裕恵さん:もちろん冬も快適です。長男が受験生なのですが、真冬の今でも朝4時からTシャツで受験勉強していますし、寝る時に毛布もいりません。子どもは綿毛布一枚、パンツ一枚とTシャツで寝ていて、さすがに心配で薄掛けも渡すと、朝には全部はいじゃってます。
あとは、お風呂に入り終わった後、窓を開けちゃいけないってことでも怒られました(笑)その湿気や温度が家の中を回って快適にしてくれるからって。前の家ではカビの心配をして、お風呂上がったらすぐに窓開けてたのに。
実は、今の時期は朝起きるとちょっと暑くて窓を開けちゃうくらいです。今日も取材でなるべく暖かいのを体感してもらおうと思って我慢したんですけど、我慢しきれなくて。
坪単価は上がる、でも、坪数は下がる
――家がここまで快適だと、いらなくなったものがたくさんありそうですね。
裕恵さん:そうなんです。もう、こたつがほしいっていう感覚も忘れてしまっていますね。前に住んでいた家はすごく寒い家でした。こたつ布団を二重にして、あたたかいソファを置いて、はんてんを着て過ごしていましたが、引っ越しをする時に、主人が「これは全部いらなくなるよ」って。「何を言っているんだろう?」って思ってたんだけど、本当にそうでした。
暖かい部屋着も毛布もいろんなものが不要になりました。合計すると、プラケース9個分くらい。それにこたつ。いろいろなものが必要なくなっていますね。でも、主人は詳しいですけど、私は仕組みのことはなんにもわからないので、なんでこんなに快適なのかわからないんですけどね(笑)
――光熱費のことばかり考えていたけど、それ以外にもお得なことありそうですね。
裕恵さん:4人住まいを想定した家なので、6人で住むと狭すぎないかと心配してたんです。でも、実際、荷物がなくなったウォークインクローゼットが、一番下の五歳の息子の遊び部屋になったりもしたので、以外に窮屈な感じはしません。普通の家だとこうはならないんじゃないですかね。
――にしたって、高いですよね、たぶん?
恵一さん:坪単価80万円ほどです。元々この家はショールームとして使っていたので、床材やキッチンなど内装にお金がかかっています。内装を抑えれば坪単価は安くなりますよ。コストはいろいろ工夫できます。
それに、パッシブハウスは家の稼働率があがるので、コストパフォーマンスがよい。どういうことかというと、住んでいる人が快適に過ごせるスペースが広くなるということです。日本では、各部屋を区切って、人がいる場所を温めるわけなので、快適にいられる空間が極端に狭い。しかし、パッシブハウスはどこでも温度が一緒です。例えばリビングだろうと寝室だろうと廊下だろうと、机を置けば勉強部屋に早変わり。ちなみに寒い家は稼働率40%と言われています。
――ランニングコストはどのくらいですか?
恵一さん:ランニングコストは季節によって変わりますが、1月は1万5千円ほどで全ての生活エネルギーをまかなえています。暖房、お風呂やキッチンの湯沸かしなども含めて全て。真夏も同じくらいですね。トータルで1年間に14~15万円になります。
――この家はオール電化だから、ガスや灯油代も必要ないですもんね。安い!
床暖と勘違いする床
――床暖ですか?
恵一さん:床暖は入ってないんですよ。床は基礎からしっかりと断熱しています。そのおかげで、床が空気と同じ温度になるんですよ。足って敏感で、空気よりも1℃でも低いとすごく寒く感じるんですね。でも、同じ温度以上であれば暖かく感じる。床だけではなくて、壁も空気と同じ温度になる。これが断熱の効果なんです。「周りの温度を整える」と表現しますが、この温度をどこでも同じにするというのは、エアコンや暖房機器だけでは決してできないことです。
――家中のドアというドアが空いてますけど…
恵一さん:日本の普通の家は部屋の窓を閉めて、その中を温めるのが常識ですが、パッシブハウスはドアを開けっ放しにするんです。それでどこの温度も同じになるように、空気を動かします。
――玄関のドアの前に立っても全く寒くないですね
恵一さん:そうですね。それがパッシブハウスです。換気には熱交換器というものをつけていて、入ってくる空気の温度をコントロールしています。換気をするからといって外の空気がそのままの温度で入ってくるわけではない。ただ窓を開けるのとは全然違います。
熱交換器にはフィルターがついていて、排気ガスや花粉も全部ではないですがカットしてくれます。僕は花粉症なのですが、洗濯物や洋服で持ち込まれるものもあるので、鼻水が出たり、目がかゆかったりということはありますが、家の中にいればフィルターに守られているので、従来の住宅に比べるとかなり楽です。
熱も泥棒も嫌がるトリプルガラス
――この家の窓、ガラスが3枚ですね。
恵一さん:はい。窓の選び方で一番大事なのは、結露しないということです。外が0℃で、中が20℃。湿度が60%という条件で結露しないかどうかが一つの基準になっています。この窓はそれをクリアしています。ですから、条件によってはこの家でも結露することもありえます。例えば外が0℃に近くて、寝室など湿度が高い場所。そういうところは結露することもあります。
――トリプルガラスのその他のメリットは?
恵一さん:いばらきパッシブハウスの窓はトリプルガラス。空気層が2層あります。このタイプには防犯的な観点からも非常にいいんです。泥棒というのは時間がかかることを非常に嫌がります。この窓は一枚割ってもまだ二枚ある。割るのに時間がかかるのです。
パッシブハウスは無暖房住宅ではない
――日本で2番目のパッシブハウスを施工されたということで、かなり勉強されていたと思うんですが、実際に住んでみて想像と違うことはありましたか?
恵一さん:自分のところで施工して、住む前に、展示場として5年間運用してきましたから、その心地よさというのは実感済みでした。逆にわかったのは、温度が一定で安定している状態というのが万人にとって快適なわけではないということです。
――ん?どういうことでしょうか?
恵一さん:この家に住み始めた時は、20℃で室内の温度を安定させていました。数字的には人間にとって快適な空間なはず。でも、人によっては寒かったり暑かったりするんですね。妻は寒がるけど、息子たちは暑がる。つまり感じ方には男女差や年齢差があって、一定にすることが万人にとっての快適ではないということです。だから、住んでからはパッシブハウスでの住み方の工夫を考えるようになりました。
――エアコンの導入で夫婦で一悶着あったと聞きましたが…(笑)
裕恵さん:エアコンの設置は、住んでしばらく経ってからでした。7月の中旬くらいだったと思います。私は全然平気だったんですよ。窓を開ければ風が入ってくるので快適だなって思っていました。でも、主人は「数値的には快適じゃない!」って言い出して…。何が快適じゃないのかわからず、そこで大げんかしました。こんなにいい風が入ってくるのにエアコンなんかいらないじゃないって。私は実家が静岡の伊東にあって、もともとエアコンをつけない生活に慣れていたものですから、エアコンを悪いもののように感じていて、こんないい家に住んでるのに、エアコンなんて言語道断って思っていたんです。でも、主人はそうじゃないっていっていて。結局つけたんですと。そしたら、とても快適でした(笑)
恵一さん:そうなんです(笑)無暖房・無冷房住宅ではないし、エネルギーはゼロではないんですね。じゃあ、普通の家と何が違うのかというと周辺温度が一定になること。つまり、壁や床や天井が空気と同じ温度であるということです。これが断熱の効果です。
――どうやら過ごし方や考え方がこれまでの日本の家とはちょっと違いますね。
恵一さん:エネルギーを使うことに関して罪悪感がある人は多いと思うのですが、快適に過ごすためには多少はエネルギーが必要です。でも、そのエネルギーがパッシブハウスでは非常に少ないということなんですね。
――ところで、ものすごくハイレベルな喧嘩をされてますけど、こんな開放的な家で全館冷やすためのエアコン、たった1台ですよね!?普通の家だと、一部屋に1台じゃないですか!?
恵一さん:そうですね(笑)
幸か不幸か、もう他の家には住めない
――この快適すぎる家に住んでみて、どうですか?
裕恵さん:住んでしまうと、こんなに恵まれた環境にいるのに、欠点探しをしてしまって怒られます(笑)子どもたちが寝ている部屋に本当に少しだけ結露ができて。もうびっくり。結露はできないものだと思い込んでいましたから。でも、職場の人に「今日、結露できてた?」って聞いたら「固まって窓が開かなかった」って聞いて安心しました。あぁ、そうだ、これが普通だって思いだして。
あとは新築なのに、夏になると窓を開けてる家にびっくりしたり。「開けてたらだめじゃない」って思うんですけど。それはパッシブハウスだけなんですよね。もうすっかり洗脳されてますね(笑)
――旦那さんの会社のモデルルームに住んでみる、というのは、奥様も希望していたんですか?
裕恵さん:実は、この家に住む前、息子の通学とかを考えて、別の場所を探していたんです。でも、この家があまりに快適で、ここに住むことになったんです。夢のマイホームに思い描いていた間取りではなかったから、最初は少し不満もあったんですけどね…。
――で、今は…?
裕恵さん:この家に慣れちゃったら、もう他の家では生活できないですから、はたしてこの家に住むことが良いことなのか、考えちゃうくらいですよ。
――意地悪な質問ですけど、完璧に理想通りの間取りや内装だけれどパッシブハウスじゃない家か、この家だったら、どっちにします?(笑)
裕恵さん:こっちですよね。もう他の家には住めません。
いばらきパッシブハウスのポイント
島田 恵一
株式会社島田材木店 代表取締役
一般社団法人パッシブハウス・ジャパン事務局長
いばらきパッシブハウスは、軸組によって建てられた日本初のパッシブハウスです。本場ドイツや日本1棟目のパッシブハウスは、ツーバイ工法による建て方が普通でした。断熱においても、気密においても、パッシブハウスにはツーバイ工法が合理的です。しかし、日本で一番多いのは軸組といわれる、土台・柱・桁を用いた工法。軸組は通気を重視しているので気密を上げるのは難しいのです。でも、リノベーションや地震には強い。だから、いばらきパッシブハウスは軸組でありながら、ツーバー工法のアイデアも使っているハイブリッドな家になりました。これによって、日本の多くの家で、リノベーションによるパッシブハウスが可能になりました。これがいばらきパッシブハウスの大きな価値です。
また、この家の冷房は6畳用のエアコンを1台。電源は入れたまま。設定温度25°Cで、それを超えると稼働する使い方をしています。夏のエアコンの使い方の常道ですが、これを6畳用エアコン1台で家全体の快適さをキープできることが凄さ。裕恵さんはそんな使い方でいくら電気代がかかるのか戦々恐々としていたそうですが、マックスで5千円ぐらいだったとのことただ、エアコンだけでは湿度が整わないので、第一種換気装置に除湿機能する仕組みを加えています。この仕組を改良し、更に快適性、省エネ性をアップする計画です。
暖房はヒートポンプを使っていて、4枚のパネルヒーティングを使います。パネルヒーティングの能力は全部合わせて8畳用のエアコン1台分と同じくらいの能力でお湯を使って循環させているんです。外に大きめの室外機があって、その中に不凍液が流れています。その不凍液をあたためてパネルに流します。それで十分温まります。もちろん1日つけっぱなしということはなく、朝方3時から7時くらいと、夜の8時~12時に設定温度を下回った場合にのみ稼働させています。
全室、室温を一定に保っています。その秘密は、断熱。あともう一つは換気です。換気で空気を循環させます。この家は強制換気装置をつけています。その換気に必要なのは家の気密性。「漏気を抑える」といいますが、気密性を高めないといくら良い換気装置をいれても、空気が動かないのです。つまり空気を動かすには断熱と気密工事をしっかりやる。そうすると適切な場所から空気が出ていって、適切な場所から入ってくる。これが整うと家中の空気が動き、温度差がなくなるというわけです。
結局いろいろ難しいことを言うようですが、やってることは簡単で、まずは、箱としての機能をできる限る高める。これは気密性と断熱性。そして、太陽からの熱をコントロールする。冬は熱がたくさん入ってくるようにして、その熱を逃さないようにするというこです。夏は熱が入ってこないようにする。太陽の熱は無料ですから、冬は有効に使わせてもらって、夏は遮断すればいいんです。
また、最近の研究では、引っ越した先の家の性能がよければ、お酒や煙草などの生活習慣を改善するのと同じくらい、もしくはそれを上回る数字で、せきや花粉症、気管支系の症状の改善に寄与できるというデータがあります。パッシブハウスは、省エネによるランニングコスト、環境負荷の低下だけでなく「健康」という点においても、今後ますます注目されるのではないでしょうか。