2023年8月、日本で初となるパッシブハウスの木造アパート『PASSIVE HEIM Chichibu』が竣工しました。そこで、「健康・安全・環境負荷の少ない暮らしを賃貸で。」をコンセプトに、高性能賃貸を運営している木下さんによる『PASSIVE HEIM Chichibu物件ツアー』をご紹介します。
木下 史朗
木下建工株式会社 常務取締役
断熱推進イニシアチブ合同会社 代表
PHJ北陸支部 サブリーダー
PASSIVE HEIM Chichibu サイトツアー
埼玉県西部に位置する秩父地方。山地で盆地のため、一日のうちの寒暖の差、冬と夏の気温差が大きい気候です。冬は朝、氷点下と厳しくしばしば雪となり、また夏の気温はかなり高いそうで秩父特別地域気象観測所のデータでは今年の最低気温がマイナス9.9℃、最高気温は38.2℃となっています。
この地に日本初のパッシブハウス木造アパート「PASSIVE HEIM Chichibu(パッシブハイムチチブ)」が完成したのが2023年8月。僕も高断熱な賃貸の大家をしているので、非常に気になっていた物件でした。タイミングよくPHJの現地確認があると聞き同行させてもらいました。
地理院地図による建設地の標高は208m程度、敷地面積408.37㎡ メゾネットタイプ78.66㎡の住居が4つで延床面積281.54㎡の建物です。設計施工はパッシブハウス施工の第一人者、高橋建築株式会社の高橋理事。
玄関付近
外壁はALC、耐久性が非常に高くメンテの必要が少ないため、数十年後でも1回塗装すればほぼ新品のようになると高橋さんは言います。長期的にオーナーさんの収入を上げ支出を抑えるため採用したそうです。
また、エコハウスは暑い断熱材と性能の高い開口部で比較的防音性脳は高いとされていますが、外壁でALCを採用することで さらに防音性が上がるのもメリットだそうです。
さて玄関付近。まだ室内に入っていないのですが 玄関ドアをみた時点で費用・性能・利便性が考えられたアパートだなと感じます。YKK AP イノベストD50。樹脂複合枠の採光無し仕様でスマートコントロールキーつき。わかる人にはわかる安心。 宅配ボックスも設置済み。もちろん基礎外断熱で熱橋は少ないよう考えられています。
ひととおり玄関まわりをチェックしたところで入室。そこには大きなシューズクローゼット。賃貸を企画すると、初期費用を抑えるため見えない断熱などと同時についこういうところをコストダウンしたくなります。だから収納がしっかりあるのは、良心的な賃貸のわかりやすい特徴かもしれません。
1階
1階は個室が二つ。
天井にあるグリルは第1種熱交換換気のRAです。換気装置はローヤル電機製SE200RS。初期費用削減が求められる賃貸住宅でダクト式の熱交換換気が導入されているのは珍しく、頑張ってダクトレスを入れることが多く僕の賃貸もそうです。
でも、実際に過ごしてみるとダクトレス熱交換換気は静かなエコハウスだからか、余計に動作音が気になります。高橋建築さんが普段からコストと性能のバランスを考えながら最適な設計、提案をしているから賃貸でも実現できたのだと思います。 本体はダクトルートを最小化するためか、1階個室の天井内に設置。点検口との間に防音用でロックウールがあり動作音は聞こえません。
2階
階段を上り2階へ。
賃貸で2階リビングは珍しいレイアウト。階段の上にこの住居唯一の6畳用エアコンがあります。パッシブハウスといっても、冷暖房需要と空調機器の能力だけをみて漫然と設備を配置すると、うまく働かないか、ファンの数が増えてしまいます。
「この1台にどのような仕事をどこまでさせるか、冷暖房と風量をどのように届けるかによって、エアコン位置と間取りの関係を工夫して階段の上に設置した。」と高橋さん。
2階建ての建物をエアコン1台で過不足なく冷暖房するため、エアコンがこの位置で1階の個室にRAがあったんですね。SAはエアコンの近くにあり、RAで引っ張って配分するデザインです。人によっていろいろな考えがある部分ですが、予算をうまく使うため設備を最小にしつつ適切な空調を実現する点で参考になりました。
ちなみにエアコンの裏はただの壁ではなく、収納からアクセスできるようになっていました。パッシブハウスの性能でも1台だと真夏にエアコンが故障した場合、交換までの時間をできるだけ短くしたい。新築した工務店として責任をもってメンテナンスしていくため、すぐ作業できるよう設置しているそうです。そこまでは考えているとは!
賃貸でもIH3口グリル付きの広いキッチン。背面にはカップボード、賃貸で削られがちな収納がきちんとありストレスが減りそうです。
ビルトインの食洗器もついています。頑張って費用・性能・利便性をすべてかなえたいという思いが伝わりますね。
キッチンの横にはパントリー。そのスペースに、普段は収納されているはしご階段をかけると・・・
広いロフトが出現!これはうれしい 子どもが好みそうな雰囲気です。
リビングダイニングの窓からはむこう側に山が見えます。サッシはYKKAP→APW430→南側なので日射取得窓です。
リビングからキッチン側を見るとこのようになっています。右下の色が違うコンセントは太陽光の自立発電用です。もし停電しても雨天でなければスマホを充電でき、テレビも映ります。
右上のグリルは熱交換換気ではなく、お風呂に向けての給気口だそう。リビングの空気をお風呂に排気することで、水分を回収できると高橋さんは言います。よく夏は多湿になるのでは?と質問を受けますが、通常の排気ファンだと夏の高温多湿な外気が大量に入ってくるので、むしろこの方式がいいというのがこれまで実測した結果だそうです。
僕も同様の設計にした賃貸住戸があります。確実に冬期の絶対湿度はあがり、約90㎡加湿器なしで過ごせています。ボディーソープなどにオーガニックなものを使う程度で、ほか特別気を使わなくて大丈夫です。そもそもパッシブハウスや性能のいい住宅はお風呂だけ室温が下がるということがないので、結露もしませんし。
強いお風呂洗剤を使わなくてはいけない水質や 漂白剤を頻繁に使う生活スタイルの場合は外への排気ファンも近くに設置したほうがいいですが、これから増える方式だと思います。
そのお風呂はTOTOのユニットバスが入っていました。もちろん賃貸でも一坪(1616サイズ)です。
脱衣所、洗面スペースも広々。あらかじめおしゃれな室内物干しもあらかじめ設置されていました。ドラム式で乾燥機が使えるものは乾かすとして、干したいものをどこに干すかは賃貸の悩みですね。パッシブハウスなら、経験上部屋干しでも一晩干せば大抵のものはさらっと乾くと高橋さんは言います。
そしてエネルギー少なく暮らして欲しいという高橋さんの工夫はこんなところにも。あらかじめ残り湯のホースが洗濯機置き場にあります。接続先は浴槽の排水なので全く意識せず残り湯を回収できます。
普通残り湯を使おうとすると お風呂のドアが閉まらないので都度片付けが必要になり、蛇腹のホースは伸びたきり縮まないし床も濡れるのでついおっくうになります。 TOTOのユニットバスではそうしたオプションがあるそうで、僕も次は真似しようと決めました。
設備以外の点でも普通のアパートと何かが違うなと感じます
気が付いたのは床がすべて無垢材ということです。高橋さんいわく、建物が劣化したなと感じるポイントは床のダメージが大きいのこと。生活していて目に入りやすいのが床の傷や擦れだそうです。
住む人が変わるたび、大家さんに床の補修や張替えを提案するのは心苦しいし、エコじゃない。だから初期費用が限られた賃貸でも無垢の床を採用したそう。
経年劣化に対応する工夫はこんなところにも。人が通る出隅、触れる入隅が直角になっていません。高橋さんいわく、やはり角が傷みやすく、また堅木は最近特に高価ですがアールをつけておけば今後が全然違うそうです。
外回り
外回りも見てみます。駐車場は1戸につき2台で電気自動車コンセントが各戸に1器配線まで準備されています。
太陽光発電は4戸でPCSは4台、共用ではなく各戸に接続されています。賃貸住宅で満室でもメンテナンスがしやすいよう西側外壁に2台、東側外壁に2台設置。隠ぺいではなく、一般的な部材をうまく使って配線しているのも将来を考えてのことです。 パネル 6.4kW PCS 5.5kWという構成です。
裏に回るとさてSE200RSのOA、サイクロンフードを採用していました。。左側には万が一1階にエアコンをすることになった場合のための予備スリーブが見えます。
給湯はエコキュート。初期費用が限られる賃貸アパートでは、給湯機をガス会社からの支給品にしてコストを削減するためプロパンガスを採用することが多いのですが、この建物はそうではありません。
ちなみに太陽光が各戸に接続されていて、エコキュートにEV充電器まで設置されていると、発電した電気で「昼間湯沸かし や「EV充電」したくなりますよね!?自家消費されたら売電が減ってしまうと心配したのですが、このアパートでは自家消費大歓迎、家賃は変わらずに太陽光でお湯をつくったり 充電できるそう 素晴らしいですね。
断熱賃貸の時代へ
日本で初めて建築された「鎌倉パッシブハウス」から14年が経ちました。その間にも地球温暖化は進み、2023年の夏は国連事務総長が「地球沸騰化の時代」と形容するほどになりました。過去最高の暑さは今後も進行します。影響を抑制するための1.5℃目標など存在しないかのように適合義務化が見送られた住宅の省エネ基準、市民活動によって2025年から義務化されることになりましたが、人類の目標に対し貢献するつもりはないのか非常に甘い内容となっています。
しかし民間ではエネルギーを使わない賃貸への関心の高まりは確実にあり、山形県天童市「コロンコーポ」(2014)、岩手県紫波町「OGAL→NEST」(2018)、横浜市鶴見区「パティオ獅子ケ谷」(2020)、埼玉県東松山市「弐番町アパートメント」(2021)、長野県軽井沢町「六花荘」(2022)など各地で意欲的な木造賃貸住宅が誕生しています。
国内でパッシブハウスに認定されるほどエネルギー性能が高い賃貸住宅は「パッシブタウン第3期」を除いてこれまでありませんでしたが、個人的には床面積に対し外気に触れる壁、屋根、床の面積を小さくできる木造アパートには可能性があると思っていました。高橋さんも集合住宅は集合すればするほど、外皮の面積割合を小さくすることができ、チャンスがあれば絶対成立させたいと考えていたそうです。
設計兼施工会社としてパッシブハウスのアパートを完成させた高橋さんに、一戸あたりの初期費用を質問したところ、いわゆるパワービルダーの戸建より安い金額でした。それで太陽光付きの認定パッシブハウスができた事実は、自らDesignPHで周辺環境含めた検証と設計を同時並行できる高橋さんだからできたというのが事実だと思います。ですがついにエネルギーを極力使わない賃貸住宅の時代が来る、いま0%に近いものがこれから100倍になるような予感がしています。
IPCCの「1.5℃特別報告書」において、気温上昇を約1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比で世界全体のCO2排出量を約45%削減することが必要と示されています。世界の平均気温の上昇を「1.5℃」に抑えるためには100倍では足りない、予感では終わらせずに、改修含めていま私たちが最大限取り組むべきことを見せてもらえたサイトツアーでした。