工事中間報告と鎌倉にて講演会

パッシブハウス・ジャパンでは女川町の復興支援として、商店街の仮設店舗の設計・施工をサポートしています。

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2月26日(日)に『わたしたちはこうして津波から生き延びた 〜鎌倉で考える防災と被災地支援〜』と題して宮城県女川町商工会の青山貴博氏をお迎えして講演会がおこなわれました。

パッシブハウスジャパンと青山氏とのつながりは、鎌倉のNPO「ちきゅうの子22」メンバーの蓮見兄弟が女川町にて炊き出しなど復興支援をしている際にニコニコフレームをご紹介していただき、関心を持ってくださったことからです。

震災当時、青山氏は女川町で勤務中に被災し、4階建てビルの屋上にある高架水槽の上までよじ登り九死に一生を得ました。
死を覚悟したというその言葉からは自分のことより先に家族のこと、日々の生活における後悔が先に頭をよぎったと言います。

一日一日を大切に後悔しないように生きていってくださいというその言葉から、一日でできる精一杯のことを日々積み重ねてゆかなくてはならない。
持続可能で安全な暮らしを次世代また将来の世代まで残してゆかなくてはならないという思いが募ります。
商店街がほんの少しでも復興のきっかけになればと祈っております。

現在、進行中の復興計画では5棟分の棟上げが終わり、断熱、気密、外装、屋根工事も進んでおります。女川町で既に話題となり、ある人は新しい木造の仮設住宅が出来たと勘違いされたそうです。

4月にはグランドオープンのセレモニーが開催される予定です。
あともう少しで関係者の方々の思いがひとつの形になります。

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